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R-proのデザイナーとして社内で一番長いキャリアを持つ青木麻緒。彼女は、R-proで働く前からデザイナーとしてキャリアを積んできた経験豊富なデザイナーである。青木は、R-proで働くということをどう感じているのだろうか。

デザインが始まる前とその先を考えるデザイナーとして

青木
R-proの存在を知ったのは、当時勤めていたデザイン事務所を辞めて留学を控えていたタイミングです。R-proが、私が一時的にアルバイトをしていた先の飲食店をプロデュースをしていたんですよ。その後1年のカナダ留学を終え、フリーでデザイナーとして働こうか就職しようか悩んでいた時にナオトさんから声をかけていただき、R-proに入りました。

青木が入社した時は、ちょうど「yamory」の事業が始まったばかりだった。彼女はまず、防災に関するイベントのデザインやブランディングを任された。その後徐々に様々なクライアントのデザインを任されるようになり、「多分、大きいものから小さいものまで、様々なデザインを一番作ってきたのは自分じゃないかな」と、当時のことをふり返りながら、R-proでデザイナーとして働くことについて、こう語った。

青木
これまでの職場では、ずっとパソコンにかじりついてデザインを作っていました。それは、技術を身につけるという点ではとても成長できた時間でした。でも今は、同じデザイナーとして働いているのに、真逆ですね。デザイン以外のことを考えている時間の方が長い。デザインって、それ単体で作るものじゃないんです。クライアントの将来を作っていくためのツールとして存在している。そのうえで「デザイン」に行き着くまでの道筋を、きちんと考える。そういう機会が、R-proではとても多いです。そんな風にデザインについての意識が変わったのは、R-proに入ってからですね。

クライアントとの距離が近いっていうのも理由の一つなんだろうけど、やっぱり、R-proって「意味のある仕事をしよう」っていうマインドがある。だから、「デザインして終わり」っていう仕事はR-proでやる意味が無いんですよ。現場に行って相手の顔を見て、「この人たちにこんな風に使って欲しい」って想いながらデザインを作る。それはとても楽しいし、それによって出来上がってくるものが全く異なります。まさに、私の求めてる仕事の仕方だなって日々感じます。

パラコードアクセサリー「LOOPS」、宮崎県青島のスナックを改装したBAR「青島BAR」、名古屋市西区上小田井のまちづくり「三ツ川タウンプロジェクト」、そしてBリーグ「名古屋ダイヤモンドドルフィンズ」。これらは全て青木がデザインを手掛けてきた。1人のデザイナーがこれだけ多様な業界、多様なデザインを作り上げてクライアントから評価されることは、どの仕事に対してもクライアントに寄り添い、クライアントと共に「デザインのその先」を考えていった結果だろう。

二拠点居住で感じた、仕事への向き合い方

彼女は現在、週の半分を大阪でリモートワークをするという、名古屋と大阪の二拠点生活を続けて約1年経つ。R-proは、彼女のそのワークスタイルを早くから受け入れてきた。もちろん、それを理由に仕事が軽減されるわけでもないし、青木自身も、それまでと変わらないパフォーマンスを出し続けている。そんなデュアルライフ(二拠点生活)をしながら会社員として働くという、新しい働き方について振り返ってもらった。

青木
二拠点生活を1年続けているけれど、その間色々なことを感じました。これまでは、なんだかんだ言って、受け身で仕事をすることが多かったんですよね。R-proで働いている時も、個人でデザインの仕事を請け負う時も。うろうろしていたら仕事にぶつかる、みたいな感じで。でも、大阪にいると、一人なんですよね。当たり前ですけど(笑)。だから「自分で意識して発言したり行動しなきゃいけない」と明確に思うようになりましたね。そして、離れている状態でどうやって仕事を回していくか、を必死に考えるようになりました。リモートで仕事をしている自分が言うのもあれなんですけど、やっぱりクライアントの近くで仕事ができていたんだな、って離れてみて実感しました。だからこそ、現場をもっと大事にしようって思いましたね。二拠点生活で得られた気づきは大きいですね。

ー今後大阪にずっと居っぱなしになることは無いですか?と尋ねると、「それはないと思います」と青木は即答した。

青木
リモートで働くことも現場に行くことも、私はどっちも大事にしたいんです。もし仮に大阪に完全に移り住んだとしたら、その時は多分R-proを卒業して独り立ちした時かな。この先、良くも悪くもR-proがどんな風になるか分からないし、でもそれは自分自身についても同じで。だからこそ「いつ独り立ちしてもいいような自分になる」って腹をくくれたのは、このリモートワークがきっかけです。良い危機感を持って仕事に向き合うことができるようになりました。

クライアントと二人三脚でずっとデザインを作り上げてきたからこそ、二拠点生活を続けても、パフォーマンスを落とすことはできない。彼女が自分に課したその覚悟が、自立したデザイナーとして成長させている。

色々できてしまうが故に立ちはだかる、デザイナーとしての壁を越えるために

二拠点生活をしながら多くのデザインをこなしていく青木。一見理想的な働き方にも見えるが、一方でデザイナーとしての壁にぶつかっている最中でもあるという。

青木
この会社で色んな仕事に携わらせていただいた分、クライアントのニーズに合ったものを作り続けてきた自信はあります。でも一方で、「デザイナー青木らしさって?」っていうところが今ちょっとだけ課題なんです。「なんでもデザインできる青木」を武器にしてきたので、正直、自分の強みが分からなくなっています。でも、ある程度デザイナーとしてもやってきたし、この先のキャリアのことも考えると、今後は作る側ではなく考える側にシフトしていきたいな、とも思っています。今までの経験を生かして、もっとデザインの向こう側のプロモーションやディレクションに関わっていきたいかな。デザインのことを理解していない相手に寄り添って、デザインを考えていくような感じですかね。でも、「じゃあディレクションに職種を転換してやっていきたい」というわけじゃなくて。そういうことも経験ながら、将来的には一人親方みたいになりたいのかもしれない。それは独立、という意味も含めて。ゆくゆくは、R-proから案件丸ごと請け負う独立した「デザイナー青木」として存在していけたらいいのかもしれませんね。

デザイナーという専門領域でいかに生き残っていくか。そして、多様な生き方、働き方の選択肢の中で、何を選んでいくか。「デザイナー青木らしさ」を見つけるために、青木はこれからも日々、たくさんのクライアントと、そして自分の人生と向き合いながら挑戦を続けていく。